「イエス様に感謝しましょう」と言っている家庭の子供が、学校で、「神様なんかいません」と担任の先生に教えてもらったならば、教育にはなりません。うちは仏教でも、キリスト教の学校に行かせるという人もたくさんいます。カトリックまたはプロテスタントのキリスト教系の学校を選ぶ際に、キリスト教徒である必要があるのか、また、両親がキリスト教徒になる必要があるのか、という質問をよく受けますが、これはその必要がありません。ただし、学校の行事には協力できる態勢でいることが大切で、たとえば、宗教に対する考えを聞かれた時に、子供と一緒に宗教教育を受ける意思があるということが前提です。受験面接では、「お宅は仏教徒だそうですが、うちはキリスト教なので、クリスマスを祝い、ミサもおこないますよ。大丈夫ですか」ときかれます。「ぜひそれを学びたくて、この学校を志望しております」と答える親の子供をもちろん学校側は歓迎します。その学校の建学の精神の柱になっている宗教のことを、もっと知りたい、理解したいという気持ちでいられる家庭でなくてはなりません。学校行事の中のキリスト教行事を邪魔しなければかまわない、キリスト教徒でない家の子供がキリスト教を学ぶ、ということも大切なことを、両親と子供がわかっていれば、何もマイナス点にはならないのです。キリスト教教育というのは、音楽、美術、思想、すべての面にわたって、西洋の文化を知るためには、必要欠くべからざる知識だと思います。その知識をもたない親であれば、子供が親以外のどこかで教わることは正しいと思うし、また知識をもつ親であれば徳育の面でも有益だと考えます。仏教系の学校も、同様のことが言えます。
(参考)
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