美しく華やいだ色の溢れるミラノという街に来て、やはり浮かれていたのだろう。ミラノ・レッドに細かい白の水玉模様の生地でできていた。襟と半袖の袖口にフリルがつき、さらにウエスト部分にはシャーリング刺繍が施されている。それだけ装飾があってもスカートは裾にいくにしたがってシャープに細くなり、いかにもミラノのマダムが好みそうな、甘さと辛さのバランスのとれたデザインだと思った。当日、そのワンピースにオープントウのハイヒールのパンプスを履き、小さな金のバッグを持ってディナーに行った。かなり自信があった。きっと褒められるだろうなぁ。ところがその日、誰一人として私の真新しいワンピースに目をとめる人はいなかった。というより、一瞬人々が奇異な目で私を見るのである。なぜだろう、そんなに似合っていないのかしら……。がっかりした気持ちになって私は帰宅した。翌日、一緒に行った日本人の友人に思い切って聞いてみた。「ねえ、昨日の私の格好、何か変だった?」「え、どうして?」「だから昨日ね、私、新しい赤いワンピースを着て行ったのだけれど……」「ああ、そうだったわね。可愛いワンピースだったじゃない」「で、でも反応が、今一つというか……」「そう?もしそうだとすれば、イタリア人はこう思ったんじゃないかしら。若いのにマダムっぽい服を着ているなって」私はハッとした。あれはマダムの服だったのだ。鮮やかな赤という色、フリルやシャーリングという装飾、シルクという素材感、それらすべて、もう若くない人を引き立てるためにある。まだ三十代初めだった童顔の私は、イタリア人の目には二十代に見えたことだろう。そんな若い娘が、何を背伸びしてマダムの華やかな服を着ているのかと、皆訝しく思ったに違いない。私はその時、ヨーロッパのファションというものに、はっきりとしたルールがあることを知った。それは「大人は華やかに、若者は質素に地味に」というものである。そういえばドゥオモ広場やミラノ大学周辺でみかける若者たちはじつに質素な格好をしている。